深海3,268mでピンク色の新種を発見 — MBARIが明かす3つの未知のスネイルフィッシュ

はじめに — 深海3,268mで出会ったピンク色の新種
2025年9月、モントレー湾水族館研究所(MBARI)の共同研究チームが、カリフォルニア沖の深海底から3種の未知のスネイルフィッシュ(クサウオ科の深海魚)を発見したことを学術誌『Ichthyology and Herpetology』で発表しました。
そのうち1種は、ROV(遠隔操作型無人探査機)「ドク・リケッツ」が水深3,268メートルの海底で撮影した、鮮やかなピンク色のスネイルフィッシュ。表面のぶつぶつとした質感が特徴的で、「バンピー・スネイルフィッシュ(bumpy snailfish)」と名付けられました。

スネイルフィッシュとは — 深海から潮だまりまで400種以上
スネイルフィッシュ(クサウオ科 Liparidae)は、大きな頭部、ゼリー状の柔らかい体、そして緩い皮膚に覆われたナマズのような外見が特徴の魚類です。世界中の海で400種以上が記載されており、浅い潮だまりから深海の超深海帯まで驚くほど幅広い環境に適応しています。
特筆すべきは、スネイルフィッシュが世界で最も深い場所に住む魚の記録を持っていること。多くの種は腹部に吸盤のような円盤を持ち、海底に張り付いたり、深海のカニなどの大型生物にヒッチハイクしたりすることもあります。
発見の経緯 — モントレー海底峡谷の外縁部での遭遇
2019年、MBARIの生物多様性・生物光学チームは、当時の主力研究船「ウエスタン・フライヤー」でモントレー海底峡谷の外縁部を探索していました。カリフォルニア中部沖約100km、水深3,268メートル(10,722フィート)の深海底で、ROV「ドク・リケッツ」が見慣れないピンク色の小さな魚を発見しました。
採集された個体は体長9.2cm(3.6インチ)の成体のメス。顕微鏡による形態観察、マイクロCTスキャン、そしてDNA解析を組み合わせた結果、既知のどの種とも一致しないことが確認されました。

3つの新種 — それぞれの特徴
1. バンピー・スネイルフィッシュ(Careproctus colliculi)
最も目を引くのは、その鮮やかなピンク色の体と表面のぶつぶつした質感です。丸い頭部に大きな目、幅広い胸びれを持ち、胸びれの最上部の鰭条(きじょう)が特に長いのが特徴です。学名の「colliculi」は「小さな丘」を意味するラテン語で、体表のぶつぶつに由来します。

2. ダーク・スネイルフィッシュ(Careproctus yanceyi)
全身が真っ黒な体色を持つ種。丸い頭部と水平な口を特徴とします。2019年にアメリカの有人潜水船「アルヴィン」によって、ステーションM(水深約4,000m)で採集されました。
3. スリーク・スネイルフィッシュ(Paraliparis em)
細長く、側面が扁平な黒い体を持つ種。他の2種と異なり、腹部の吸盤がないのが大きな特徴です。顎が顕著に傾いており、独特のシルエットを持ちます。種小名の「em」はステーションMにちなんで命名されました。

CTスキャンが明かす内部構造 — 深海魚の体の秘密
研究チームはフライデーハーバー研究所でマイクロCTスキャンを実施し、バンピー・スネイルフィッシュの骨格と内部解剖を詳細に記録しました。このデータはMorphoSourceで公開されており、誰でも3Dモデルとして閲覧できます。遺伝子配列データもGenBankに登録されています。

CTスキャンによる非破壊的な内部観察は、深海生物の研究に革命をもたらしています。採集が極めて困難な深海の標本を壊すことなく、骨格の微細な構造まで記録できるため、種の同定や進化関係の解明に不可欠なツールとなっています。
研究者の声
「MBARIは、データと技術を科学コミュニティの仲間と共有することで、海洋探査をより身近なものにしたいと考えています。SUNY Geneseoの研究者との協力は、深海の生命に対する理解を広げる素晴らしい機会でした。特に、深海の生物多様性を記録することは、この環境で起きている変化を検出するために不可欠です」
— スティーブン・ハドック(MBARI上級研究員)
「深海は信じられないほど多様な生物と、本当に美しい適応の数々が住む場所です。1種ではなく3種もの新種スネイルフィッシュの発見は、地球上の生命についてまだどれほど多くのことを学ばなければならないか、そして好奇心と探求の力を思い出させてくれます」
— マッケンジー・ゲリンジャー准教授(SUNY Geneseo、筆頭著者)
編集部の解説 — 深海魚が教えてくれること
今回の発見には、いくつかの重要な示唆が含まれています。
第一に、「よく知られた海域でも新種は見つかる」ということ。モントレー湾はMBARIが38年間にわたって調査を続けてきた海域です。それにもかかわらず、そのすぐ沖合の深海底から3種もの新種が見つかりました。MBARIがこれまでに発見した新種は300種以上にのぼりますが、深海にはまだまだ未知の生命が潜んでいます。
第二に、「技術の共有が科学を加速させる」こと。MBARIのROVが撮影・採集した標本を、SUNY Geneseoの分類学チームがCTスキャンとDNA解析で分析するという国際的な協力体制が、今回の発見を可能にしました。CTスキャンデータやDNA配列をオープンに公開する姿勢は、科学の透明性と再現性を高めています。
第三に、「深海のベースラインを記録する緊急性」です。ゲリンジャー准教授が述べているように、深海の生物多様性の記録は、気候変動や深海採鉱などの影響を評価するための基準線(ベースライン)として不可欠です。名前のない種の変化を追跡することはできません。発見し、記載し、公開することが、深海を守る第一歩なのです。

