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深海のキャスパー — 世界を魅了した半透明タコ、発見から10年の軌跡

深海ログ編集部
出典: NOAA — 10 Years of the "Casper" Octopus原文を読む →
深海底に佇む半透明の「キャスパー」オクトパス。

はじめに — 世界を魅了した「深海のキャスパー」、発見から10年

2016年、NOAA(米国海洋大気庁)の探査船「オケアノス・エクスプローラー」が、水深4,290メートル(約14,000フィート)の海底で、小さくて半透明のタコを発見しました。ライブ配信を見ていたSNSの視聴者たちは、その幽霊のような白さから、映画の友好的なおばけにちなんで「キャスパー」と名づけました。あれから10年 — このかわいらしい深海のタコは、いまだに多くの謎に包まれています。

深海底に佇む「キャスパー」オクトパス。半透明の白い体が特徴的で、海底に静かに座っている。
2016年に発見された「キャスパー」オクトパス。Image courtesy of NOAA Ocean Exploration, Hohonu Moana 2016

背景 — 史上最深で発見された無触毛タコ

キャスパーオクトパスの発見は、深海生物学の歴史に新たな1ページを刻みました。水深4,290メートルという記録は、無触毛タコ類(むしょくもうたこるい / incirrate octopod)として史上最深の発見です。

タコの仲間は大きく「有触毛タコ類(cirrate)」と「無触毛タコ類(incirrate)」に分けられます。ダンボオクトパスのような有触毛タコ類はヒレと触毛(しょくもう / cirri)を持ちますが、キャスパーを含む無触毛タコ類にはこれらの特徴がありません。通常、無触毛タコ類はより浅い水深に生息すると考えられていたため、4,000メートル以深での発見は大きな驚きでした。

10年間の目撃と発見 — いまだ名前のないタコ

2016年 — 卵を守る姿の発見

最初の発見から数ヶ月後の2016年末、研究チームは2匹のキャスパーオクトパスが死んだ海綿(かいめん / sponge)の柄の上で卵を抱いている姿を発見しました。深海底で卵を守る母タコの姿は、この生物のまだ知られていない生態の一端を垣間見せるものでした。

海綿の上にしがみつくキャスパーオクトパス。半透明の体で海綿を包み込むようにしている。
海綿の上のキャスパーオクトパス。Image: © Ocean Exploration Trust / NOAA

2023年 — ハワイ沖での再会

2023年、オーシャン・エクスプロレーション・トラスト(OET)の「アラ・アウモアナ・カイ・ウリ」遠征で、パパハナウモクアケア海洋国定記念物内のガードナー・ピナクルズ(オヌヌイ・オヌイキ)付近で、キャスパーオクトパスが再び目撃されました。水深2,300メートル以上の海底を歩いている姿が撮影されています。

2025年 — ゲームでも人気者に

海洋生物の識別を手助けするモバイルゲーム「FathomVerse」で、キャスパーオクトパスは最もお気に入りに選ばれた動物となりました。あるプレイヤーは「キャスパーのかわいさを否定することは、科学的に不可能だ」とコメントしています。

「キャスパーのかわいさを否定することは、科学的に不可能だ」

— acanthogammarus(FathomVerseプレイヤー)

いまだに学名がない理由

驚くべきことに、発見から10年が経った現在でも、キャスパーオクトパスには正式な学名がありません。その理由は単純で、研究室での詳細な分析に必要な標本がまだ採集されていないからです。深海4,000メートル以深に生息するこのタコを捕獲し、無事に回収することは極めて困難なのです。

編集部の解説 — キャスパーが教えてくれること

第一に、「名前のない生物」が示す深海探査の現状。21世紀に入って発見され、世界中で話題になり、ゲームのキャラクターにまでなったにもかかわらず、キャスパーにはまだ学名がありません。これは深海探査の最大の課題を象徴しています — 「見つけること」と「調べること」の間には、依然として大きなギャップがあるのです。ROVのカメラで観察はできても、標本を採集して分類学的に記載するには、さらに高度な技術と機会が必要です。

第二に、深海における「色素を持たない」ことの謎。キャスパーの最も特徴的な外見 — ほぼ透明な白い体 — がなぜそうなっているのかは、まだ解明されていません。深海では太陽光が届かないため、カモフラージュの必要がないとも考えられますが、多くの深海生物は赤色や黒色の色素を持っています。キャスパーの「幽霊のような白さ」は、深海の生存戦略に関する新しい問いを投げかけています。

第三に、市民科学とSNSの力。「キャスパー」という名前はSNSの視聴者が付けたもので、FathomVerseという市民科学ゲームでも最も人気のある動物に選ばれました。かつて深海生物は一部の専門家だけのものでしたが、ライブ配信やゲームを通じて、一般の人々も深海への関心を深めています。こうした「開かれた科学」の流れは、深海研究への支持と理解を広げる重要な原動力となっています。

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