温暖化する深海の意外な適応者 — 海洋プランクトンの30%を占める古細菌が栄養循環を変える

温暖化する深海で、小さな微生物が海の栄養循環を変えるかもしれない
海洋の温暖化は表層だけの問題ではありません。水深1,000メートル以上の深海にまでその影響が及びつつあることが明らかになっています。しかし、その変化に適応しつつある「小さな巨人」が存在します。海洋微生物プランクトンの約30%を占める古細菌(アーキア)、ニトロソプミルス・マリティムス(Nitrosopumilus maritimus)です。
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校と南カリフォルニア大学の研究チームは、この微生物が温暖化した海でもむしろ効率的に活動し、海洋の栄養循環を維持・強化する可能性があることを発見しました。研究成果は米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されています。
海の窒素循環を支える古細菌とは
ニトロソプミルス・マリティムスとその近縁種は、海洋微生物プランクトンの約30%を占めるとされています。多くの科学者がこの微生物を海洋化学にとって不可欠な存在と考えているのは、これらの古細菌がアンモニアを酸化する反応を駆動し、海洋の窒素循環の中核を担っているからです。
窒素を海水中のさまざまな化学形態に変換することで、微生物プランクトンの成長を調節しています。これらの微小な生物は海洋食物連鎖の基盤を形成しており、アンモニア酸化古細菌の活動は究極的には海洋の生物多様性全体を支えているのです。

深海温暖化が鉄の利用効率を変える
海洋温暖化の影響は水深1,000メートル以上に及ぶ可能性があります。以前は深海の水温は表層の温暖化からほぼ遮断されていると考えられていましたが、深海の温暖化がこれらの豊富な古細菌の鉄の利用方法を変えうることが明らかになりつつあります。鉄は彼らが大きく依存している金属であり、深海における微量金属の利用可能性に影響を与える可能性があるのです。
— Wei Qin 教授(イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 微生物学)
実験で明らかになった適応能力
Qin教授と南カリフォルニア大学のDavid Hutchins教授が率いる研究チームは、微量金属の汚染を避けるために慎重に管理された実験を実施しました。ニトロソプミルス・マリティムスの純粋培養を異なる温度と鉄濃度の条件下に置いた結果、驚くべき発見がありました。
鉄が制限された条件下で温度が上昇すると、この微生物はより少ない鉄でより効率的に活動できることが判明しました。つまり、温暖化と鉄不足という二重のストレスに対して、代謝を調整して対処できるのです。
地球規模の海洋化学モデルが示す未来
リバプール大学のAlessandro Tagliabueによるグローバル海洋生物地球化学モデリングと組み合わせた結果、温暖化する気候の中で、深海の古細菌群集は広大な鉄制限海域における窒素循環と一次生産のサポートにおいて、その役割を維持、あるいはさらに強化する可能性があることが示唆されました。
— Wei Qin 教授
今夏の検証航海 — シアトルからアラスカ湾、ハワイへ
Qin教授とHutchins教授は今夏、研究船シクリアック(Sikuliaq)の共同首席科学者として検証航海を実施します。シアトルからアラスカ湾を経て亜熱帯循環域を航行し、ハワイのホノルルに寄港する計画です。20名以上の研究者が参加し、実際の海洋環境で自然の古細菌集団を調査します。実験室での発見が現実の海でも確認できるかを検証し、温度変化と金属の利用可能性がどのように相互作用して深海の微生物活動を形作るかを解明することが目標です。
海洋温暖化と気候の関係については「海の解像度を上げたら熱波が見えた」もご覧ください。
編集部の解説
海洋プランクトンの30%を占める「見えない支配者」
ニトロソプミルス・マリティムスは肉眼では見えない微小な存在ですが、海洋微生物プランクトンの3割を占めるという驚異的な数の生物です。この古細菌がアンモニアを酸化して窒素を循環させることで、海洋食物連鎖の基盤が成り立っています。クジラやサメのような大型生物から深海魚まで、海のすべての生命がこの微生物の働きに依存しているといっても過言ではありません。
「悪い変化」だけではない温暖化の影響
気候変動の影響は通常、ネガティブな文脈で語られます。しかし今回の研究は、少なくとも一部の海洋生物が温暖化に適応し、むしろ効率的に機能する可能性を示しました。鉄が不足する条件下で温度が上がるとより少ない鉄で活動できるという発見は、深海生態系の回復力(レジリエンス)を示唆する興味深い結果です。ただし、これは生態系全体の安定を保証するものではなく、栄養循環のバランスが変化することで予期しない連鎖反応を引き起こす可能性もあります。
実験室から実海域へ — 科学的検証のあるべき姿
今夏に予定されている研究船シクリアックによる検証航海は、実験室の発見を現実の海で確かめるという科学の基本に忠実なアプローチです。シアトルからアラスカ湾、亜熱帯循環域、ハワイという多様な海域を横断することで、異なる水温と鉄濃度の条件下での古細菌の振る舞いを包括的に調査できます。この航海の結果次第では、海洋の将来予測モデルを大きく書き換える可能性があります。
深海ログ編集部
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